蚕の繭の糸紡ぎ講座とそのご報告

(今回は、大城美智子さんの記事を投稿させていただきます。)

 

 10月28日(日)、よく晴れた秋の一日、醍醐寺寺子屋プロジェクト〜親子フェスタ'18  に参加しました。
  広々とした、いつもは静かな境内に元気な子ども達の声が響きわたりました。生け花、匂袋作り、お数珠作りやチーズ作りなど、子ども達とは親子で思い思いのいろいろなたいけんを楽しみました。
 

 私はその中で、蚕の繭の糸紡ぎのコーナーを担当しました。
  ずっと以前、蚕を少し分けてもらって育てたことをきっかけに、我が家の居間が蚕部屋のようになったことがありました。やがて、真っ白な繭を作り、しばらく休んだ後、丸い穴を開けて中から成虫が這い出してくる。成虫になってからは、一週間ほどで卵を産んで死んでいく。その一生の美しさと潔さに、ただただ頭の下がる思いがしたものです。

 素人の見よう見まねの糸紡ぎ、その糸を使って、原始機という太古の織りでショールを織ったり、庭の木の葉をちぎって、染めてみたり、ワクワクしながら遊び呆けた時期がありました。
  そんなことを美和子さんにうっかり話したことで、こなようなお役目を仰せつかることになってしまいました。口は災いの元とは、全く…(笑)

 許された時間は三時間、そのなかで、子ども達に楽しんで貰うには……? 楽しい作業をしながら、人間は身近なものの命を貰って自らの命を守り、育むためのものを作り出してきたという事。その主な担い手は家の中の女たちであったことなどを、私にとっては子どもや孫の年の皆さんに伝えることができたら……。そんな思いで、準備しました。

 当日は、四組の親子の皆さんと、美しい特別ゲストが1人集まって下さいました。
みんな、まず白い繭に興味をそそられたようです。誰もが「初めて」と触ったり臭いを嗅いだり、中にサナギがいるというと、取り上げて振ってみたり。

 最初に、この繭から糸を引くところを見せました。鍋の中で少し煮てからそっと箸でつついていき、一個一個の繭からすーっと透明な糸が出てきたときには、みんな、わーっと驚いていました。それを巻き取っていく作業が子ども達には、ことのほか楽しかったようで、時間を決めて順番にやってもらいましたが、糸は巻いても巻いても終わりがなく、次の人に交代するのがなかなか大変でした。

 糸を引く作業がない時に、真綿作りと、それから糸を紡いでいく真綿紡ぎ。繭から直接糸を紡いでいく、ずりだしも体験してもらいました。
手持ちぶさたな人が出ないようにと考えた案でしたが、いくつもの作業が同時進行でいくので、どうしても目が行き届かず、ゲストのお嬢様に手を貸してもらって何とか終わることができたという、冷や汗の出る状況でした。

 帰ろうというお母さんと、もっと続けたいという女の子とが口げんかを始めたり…。
  「糸を最後まで取ったら、虫が出てくるの?」と聞いてくる男の子に、「そうだよ」と答えると、「見たい!」と言うので、それではと、ハサミで切ってサナギを出して見せました。
 

 死んだサナギが繭から出てくるのを見せることについては、お寺の方と事前に話し合いました。
「これが自然で、お寺だからこそ、かえって良いのでは?」と言うお言葉をいただいて、私も腹を括りました。
と、中から出てきた死んだ虫を手に取った男の子は、「ワアーッ凄い」と飛び上がって、他の皆に「見て見てっ、凄い!」と見せて回っているのです。
  私は唖然としながら、"何が凄いんだろう?"と、その子に訊きたい気持ちでした。

 終わってみて、作業が盛り込みすぎで、何がなんだかわからなくなったこと。もっと落ち着いて、手順をしっかり伝えてから始めるべきだったことなど、反省点ばかりで、落ち込みました。新幹線の中で、お寿司をやけ食いしながら帰りました。

 でも、最初に、生糸がすーっとひけていくのを見たときの目の輝きと、最後に、死んだサナギを見たときの子ども達な反応は、印象的でした。
 生きることと死ぬこと、その中に私達も共に生かされているのだということを今回、私は子ども達から教わったような気がしています。

 貴重な機会を下さいました、醍醐寺の岡田様、渡邉様、高橋様、特別ゲストのまいさん。群馬県蚕糸技術センターと、そこを紹介してくれた友人達に、心から感謝申し上げます。

 

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